映画「エリジウム(ELYSIUM)」感想

監督:ニール・ブロムカンプ

ローテクSF度:★★★★★
御都合主義度:★★★★☆

あの「第9地区」で有名なニール・ブロムカンプ監督の次の作品、「エリジウム」。

「テクノロジー描写」「ストーリー」「貧富の格差を作るもの」という観点から感想を書いてみたいと思う。


※ネタバレ注意※
この感想には、映画「エリジウム」に関するネタバレが含まれています。


ローテクとハイテクのデザイン対比

見た目的な部分の評価になってしまうが、ことSFという分野においてテクノロジーのデザイン描写は、物語の背景を言外に語るという重要な役割を担っているので触れておきたい。

一番わかりやすく物語の背景を描写しているのは、地球側の人間が使用する武器とエリジウム側の人間が使用する武器の違いだろう。

エリジウム側の人間が使用する武器が見たこともない形状の未来感溢れる武器であるのに対し、地球側の人間が使う武器は現存の兵器AK-47に様々なガジェットを取り付けた手作り感溢れる武器だ。(宇宙コロニーを作れる時代に、いまだにカラシニコフを使っているだなんて最高にクールだとしか言いようがない)

また、同監督の映画「チャッピー」の時にも同じことを思ったが、この監督の映画に登場するコンピューターのインタフェースが絶妙に古臭いのも私の好みにド直球だ。

「ハイテク」であることを記号的に表現しようとすると、どうしても見た目的な華やかさを優先した全く実用的ではないデザインになりがちだが、この映画はそうではない。粗いドットの、まるでMS-DOS時代を彷彿とさせる泥臭いデザインは、地球側のテクノロジーの水準を良く表現できていると思うし、実際に使用されている感が出て非常に好ましい。

一方、エリジウム側の人間が使うコンピュータのインタフェースは、半透明のディスプレイに投影される3Dのフレームと、洗練された「ハイテク」感のあるデザインにされている。この対比も美しい。

また、強化外骨格(物理)も、監督の趣味丸出しで私は大好きだ。(これ以上語ると長くなりそうなので割愛)

一方、ストーリーには少々御都合主義的な部分も

同監督の映画「チャッピー」の感想でも触れたが、ブロムカンプ監督作品の癖として「伝えたかったメッセージ」以外のストーリー展開が粗いところがある。

私はニール・ブロムカンプ監督映画を「チャッピー」→「第9地区」→「エリジウム」という順番で見てこの監督の癖をよく知っていたため、個人的にはストーリーの粗さは気にならなかった。

しかし、ストーリー展開の全てに整合性を求めるタイプの人は見るのが辛かったかもしれない。
主人公をはじめとする登場人物たちの心情描写が甘く、行動や展開に少々強引な場面が見られる。

一番顕著なのが、ラストシーンの主人公の「カバの気持ちがわかった」というセリフ。このセリフを言わせるためには、もう少し女の子との友情を育む描写が欲しかったと感じた。

しかしながら、この映画の真のメッセージはそこではない。展開の粗さを塗りつぶすほどの皮肉がこの映画には込められている。

→映画「チャッピー」のネタバレ感想はこちら

貧富の差を生み出していたのは「たったひとつの変数」だったというトンでもねぇ皮肉

私が思うに、この映画の真のメッセージは、たった数秒で描かれた「変数の書き換えシーン」だ。

変数「Earth_population」の値を「ILLEGAL(違法)」から「*LEGAL(違法/合法両方)」に書き換えるだけの作業で、まともな医療を受けることもできずにいた多くの人々が救われる。

貧富の差を生み出していたのは、社会というシステムに組み込まれたたったひとつの変数だったのだ。

物語の中盤で、政治革命のための密談が無音室にて行われるシーンがある。

「革命を起こしたいのならば、システムを再起動(リブート)して書き換えてしまえばいい」

映画「エリジウム」より引用

かつて「革命」とは、血を流して勝ち取るものであった。
しかし、近代において革命とはもはや血を流して行うものではなくなった。
より静かに、より巧妙に、そしてある意味でより卑怯なやり方になったと言っていいだろう。

この「エリジウム」で描かれる「革命」も、派手なアクションはあるものの結果的にやっていることはシステムの書き換えだ。とても現代的でリアルだと言えよう。

余談:貧富の差を生み出すモノ

かつて、「貨幣」という制度があった。

いやいや誤解を招く表現だった。
今も「貨幣」という制度はあるのだが、一体どれだけの人が全財産を現金で持ち歩いているのだろうか?
多くの人は、銀行にお金を預けているに違いない。
では、その預けた現金はどのように管理されているのだろうか? まさか、金庫の中に札束が置いてあるというイメージを持っている人はいまい。そう、数字というたったひとつの「変数」によって管理されているのだ。この映画を見た人ならば、これがどれだけ脆いものかおわかりいただけるだろう。

もしシステムが破綻したら? もし「変数」を自在に書き換えられる存在が現れたら? もし……(某銀行のシステムがヤベぇという噂を聞いて他人事ではなくなっている人も多いことだろう)

「エリジウム」で描かれている貧富の差を生み出している正体がたったひとつの「変数」だという皮肉は、実は皮肉でもなんでもない、紛れもない真実だったのだ。

資本主義社会というのは、富めるものはより富み、貧するものはより貧するようにできている。全員が同時に幸せになれる構造には根本的に作られていない。
(注意:勘違いされそうで怖いのですが、私は社会主義者ではありません。私の政治的思想は完全なニュートラルです)

残念ながら、資本主義と民主主義(多数決主義)は、その性質からして根本的に覆すことが難しい。
なぜならば、これまでの歴史的な失敗をもとに、試行錯誤の末作られたかなり堅固なシステムであるからだ。

その中で、どう立ち振る舞っていくのか。

天に運を任せる? より深くシステムの弱点を学ぶ? あるいは、多数決で勝てるように団結する? それとも……

一般人に取れる選択肢は限られている。

総評:ビジュアルのパンチと皮肉の効いた良作

アクション/感動娯楽映画としても見ることのできる「エリジウム」は、SF心をくすぐられる良作だ。

ストーリー展開に少々強引な面もあるが、メカデザインやアクションには目を見張るものがある。
また、そういった娯楽的要素抜きにしても、現代社会のいびつさに鋭く切り込んで皮肉を詰め込んだ良作だ。

SF好き・社会問題に切り込んだ作品が好きな人におすすめできる良い映画であると言えよう。